2013年12月29日日曜日

餃子の王将社長銃殺事件

王将フードサービス社長殺害事件

大東隆行さん 当時72歳

2013年(平成25年)12月19日早朝、
京都市山科区の王将本社前において、
大東隆行社長自身が運転していた車の付近に倒れているのが発見された。
病院に搬送されたが、死亡が確認された。

大東社長は午前5時半に自宅を出て、車で10分の本社に出勤。
犯行時刻は午前5時45分ころとみられている。

スーツに入れていた財布などに
十数万円を持っていたが、物色はなかった。
車にも百数十万円の現金が手つかずで残されたままだった。
本社近くの防犯カメラが駐車場に向かう大東さんの車とみられる映像の後、
本社別棟のセンサーライトの点灯とともに、
カメラの前を横切る人影のようなものを写したのは同45分ごろ。
ほぼ同時に拳銃発砲に伴うとみられる閃光が複数回写っていた。
複数の閃光は、車のテールランプの可能性もあるが、
大東さんは降車直後に襲われたとみられている。

その直後には、西から東の幹線道路の市道方面に向かう
車両のライトが写っており、
発砲から逃走までわずか数十秒の犯行だったとみられる。


■使用けん銃
25口径の自動式けん銃

殺傷能力が低いため、
1メートル以内の至近距離から撃たれたものと思われる。
発射された4発とも急所に命中していた。
日本国内では使用実績の少ないけん銃であった。
現場に残された4発の薬きょうはすべて同じ種類のものだった。



■中国大連でのトラブル
2005年(平成17年)から中国・大連に出店。
しかし、直後に現地のパートナーと揉め、
2、3年前からは、店内を水浸しにされるなどの嫌がらせを受けていた。
王将の中国での展開は、大連の4店舗のみである。
※中国での店舗展開は、党有力者等との「コネクション」が必要である。


■先代社長の息子失踪事件
前任である3代目社長の長男加藤貴司は、
2008年、妻子とともにエジプト旅行中、
妻を現地に置き去りにし、息子とともに謎の失踪をとげている。
2008年9月にマレーシアで
クレジットカードを使用したことが判明している。
今もなお消息不明。


■王将全裸写真事件
2012年12月、石川県金沢市片町の王将店内で
9人の男性客が店側の制止を振り切って全裸写真を撮影した。
Facebook上に投稿したことで画像が拡散され、
2013年9月3日、王将フードサービスは、同事件を公表。
翌9月2日に片町店は閉店。
その後、威力業務妨害などの疑いで2人が逮捕、7人が書類送検された。

画像を見ても分かるように、入れ墨が数カ所に入った全裸男が確認できる。

事件を起こしたのは金沢市内にあるショーパブの従業員らとされる。
このショーパブ(ホストクラブ?)の元オーナーらは
「怒羅権(ドラゴン)」のメンバー。
片町店のテナントはこのショーパブ店が出店を予定していた場所であったが、
王将の出店が優先されたため、出店を断念したとされる。

2013年(平成25年)10月7日,石川県警 金沢中署は「餃子の王将」金沢片町店のカウンターに裸で座り,写真撮影したなどとして,威力業務妨害,公然わいせつの容疑で,風俗店「男変」経営榎本忠司(39)と同店長高田勇一(38)を逮捕した。

2011年2月4日金曜日

厚真ライフル誤射事件

厚真町における銃弾による業務上過失致死事件

■被害者
新渡戸勝彦さん(当時45年)


2011年(平成23年)2月4日,
北海道勇払郡厚真町の山林内において,
林業作業従事中の男性(45歳)が
ライフル銃弾を右胸に受け,死亡した。

■時系列
午前7時ころ,被害者を含む林道作業者らは,
間伐作業のため,厚真町桜丘の山林に入った。

午前9時30分ころ,被害者の同僚男性が銃声を聞き「危ない」と叫んだ。
直後,役200メートル離れた町道上に,
「オレンジ色の上着を着用したハンター風の2人組」を発見した。
2人組はすぐに水色系のRV車に乗り込み,立ち去った。

30分後,同僚の男性が,数十メートル離れた山の斜面で
木材を引き上げるブルドーザー上で倒れている被害者を発見し,
119番通報した。

被害者は,左脇腹から右胸にかけライフルの銃弾ようのものが
貫通しており,即死とみられている。

■捜査
警察はハンターによる誤射(業務上過失致死事件)として捜査を開始。
被害者の身体を貫通したライフル銃弾を捜索したが,発見に至らなかった。
(捜査員延べ2000人,期間10か月)
北海道内外の約6300人に対し聞き込みを行った。

2016年(平成28年)3月7日現在も,犯人の特定には至っていない。

■日本におけるライフル銃の所持許可と犯人像
我が邦において,ライフル銃は,
都道府県公安委員会による猟銃の所持許可を受けて所持した後,
継続して10年以上所持している場合において,
ライフル銃の所持許可を受けて所持することができる。

このことから,犯人は猟銃を所持して10年以上の者と推定される。
猟銃の所持要件として20歳以上という年齢制限があることから,
ライフル所持者は,通常「30歳以上」ということになる。

■捜査本部
北海道警察本部    011−251−0110
札幌方面苫小牧警察署 0144−35−0110
http://www.tomakomai-syo.police.pref.hokkaido.lg.jp/zyouhou/atsuma/atsuma_gyouka.html

2010年4月20日火曜日

富山大泉夫婦放火殺人事件

富山大泉夫婦放火殺人事件




現職警察官が容疑者として
自供したものの有罪とされなかった事件



2010年(平成22年)4月20日午後0時20分ころ、
富山県富山市大泉の3階建ての2階から出火し、
焼け跡の寝室から、79歳男性と74歳女性の夫婦の遺体が発見された。

夫婦は2人暮らしで、
事件の数年前にビルを買取り、不動産事業を手がけていた。

女性は首を絞められた痕があった。
男性は首を圧迫された窒息死であった。

殺害後、放火されたものとみられている。


■別件逮捕
2012年(平成24年)10月31日、
捜査情報を漏洩したとして富山県警の警察官を
地方公務員法違反(守秘義務違反)で逮捕。

同年11月21日、別の捜査情報を漏洩した件で再逮捕。

同年12月22日、殺人および現住建造物等放火、死体損壊の疑いで逮捕。
当初は放火殺人の事実を認めていた。

■週刊文春事件
2010年(平成22年)6月、週刊文春に対し、
CDーRと1枚の手書き現場見取図が送付された。

富山県警は任意提出を求めたが、
文春は取材源の秘匿を理由にこれを拒否。

2012年(平成22年)8月1日、富山県警は差押令状により、
CD−Rを押収した。

CD−Rの内容は、犯行の動機、困窮した現状が記されていた。
「格差社会のゆがみにはまり、憎悪を増幅させてしまった
 いきさつについて手記として記したい」
「私の生活は困窮している。
 私のやり遂げなければならないこともお金がかかる」

現場見取図の内容は、警察・消防の一部しか知り得ない内容であり、
さらにCDR解析の過程で、文書作成者として、
被害者の知人であり、富山県警の警察官であった容疑者の名前が
ローマ字で残されていた。

容疑者は当初、「被害者と話していたら電話がかかってきた」と供述しており、
出火の数十分前に被害者宅に電話がかかってきていた事実が確認され、
「秘密の暴露」と判断され、犯人性が濃厚となった。


■不起訴理由
2013年(平成25年)7月24日、
本件放火殺人については、嫌疑不十分で不起訴となった。

1 週刊文春へ送ったCD-Rの作成時期について
 容疑者は「6月上旬」と供述しているが、
 実際の記録は5月12日で、1か月のずれがあること

2 週刊文春へ送ったCD-Rの作成時期に記録されている
 「5月12日」は容疑者は高岡署留置管理課で勤務していてアリバイがあること

3 週刊文春へ送ったCD-Rの文書ソフトのバージョンが
 容疑者の使用したと説明したノートパソコンの設定と異なること

4 容疑者のノートパソコンにCD-Rに絡む文章を作成した痕跡がなかったこと

5 容疑者は「夫婦の首をひもで絞めた」と供述したが、
 法医学者の一部が手で絞めた可能性を指摘していること

6 事件前後に通ったという道路の防犯カメラに容疑者が映っていないこと

7 容疑者の供述では凶器や財布を川に捨てたとあるが、
 現場を捜索しても凶器や財布が見つからないこと

8 動機について「30年以上前からの付き合いの積み重ねでやった。
 親の恨みが子供に引き継がれることもある」と供述しているが、
 裏付けが取れないこと

9 2013年5月の処分保留以降、
 「自分がやったのか分からない」と容疑者の供述が曖昧になったこと


■地方公務員法違反(守秘義務違反)での処分
2012年(平成24年)12月7日、起訴。
2013年(平成25年)3月25日、懲戒免職。
2013年(平成25年)7月25日、懲役1年・執行猶予4年の判決。


■未解決事件
放火殺人については、
被疑者が嫌疑不十分で不起訴となったことで、いまなお未解決。

2013年(平成25年)10月17日、
警察庁捜査特別報奨金事件(1000万円)に指定。


■手配


2009年8月8日土曜日

ワールドフォーラム代表・佐宗邦皇死亡事件

■ワールドフォーラム代表死亡事件

佐宗 邦皇(さそうくにお)1950年(昭和25年)生
 当時59歳
 東京大学法学部卒業
 元日本航空社員
 屋上緑化普及協議会(現NPO法人地球緑化推進機構)設立
 ワールドフォーラム代表幹事


2009年(平成21年)8月8日,
日本航空123便御巣鷹山墜落事故(1985年8月12日)
の真相を研究しているワールドフォーラム代表・佐宗邦皇さんが,
ビデオの月例会で話している最中,
ペットボトル入りのお茶「おーい!お茶500ml」を一口飲み,
その30秒~1分のちに突然倒れた。


翌日の午前11時,脳出血のため死亡。


政治的な背景を持つ暗殺と考える説がある。




2008年7月1日火曜日

岩手県宮古市川井村地内における女性殺人事件

岩手県宮古市川井村地内における女性殺人事件


容疑者と交際していた女性 【佐藤梢A】
殺人事件の被害者である女性 【佐藤梢B】

佐藤梢という同姓同名の女性2名が存在し,
互いに同級生で,一緒にショッピングに行く仲であった。

殺人事件の容疑者とされる小原勝幸(おばらかつゆき)の
消息が不明となっている。



被害者:佐藤梢(当時17歳)
死因:頭部の外傷か首の圧迫
   






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2007年(平成19年)

■5月1日
小原勝幸が,紹介さ れた型枠工の仕事を無断で逃げ出したため,
仕事を紹介した「林下かずひろ?」(Z氏と呼ばれる)から呼び出される。
小原の弟,交際していた佐藤梢 とともに,「林下?」の元へ向かう。
佐藤梢を車に残し,小原勝幸と小原弟が「林下?」に謝罪をした。
小原勝幸に佐藤梢が聞いた話によると,
「日本刀で口に入れて脅され,包丁を小指に突きつけられ,
 120万円の借用書と連帯保証人を要求された。」
とのこと。(他にも証言者がいる)
連帯保証人は最初は小原の弟が指名されたが,断ったため,
佐藤梢に無断で「佐藤梢」の氏名と携帯電話番号を書いた。

「林下かずひろ?」
 当時30歳代,岩手県普代村に居住。
 土木関係の仕事についている。


2008年(平成20年)
■6月3日
小原勝幸は120万円の支払いをせず逃げ回っていたが,
佐藤梢Aにも電話がかかって来るようになったため,
小原勝幸と佐藤梢が岩手県警久慈署に被害届を提出。

■6月28日
小原と佐藤梢は盛岡競馬場近くで待ち合わせをしていたが,
小原との交際に嫌気が差していた佐藤梢は,
待ち合わせ場所には行かず、宮城県内の実家にいた。
その後,小原から被害届の取下げをしたいと電話があったが,
佐藤梢は拒否した。
午後10時すぎ
 小原勝幸は,佐藤梢に電話をし呼び出すことにした。

午後11時ころ
 佐藤梢の姿がコンビニの防犯カメラに映っていた。
 待ち合わせに使用したと考えられる。
 (最後の消息)


■6月29日
午前9時ころ,小原勝幸が岩手県田野畑村の弟宅に現れる。
 (佐藤梢が住む宮城県登米市から車で4時間ほどかかる。)

午後7時ころ
 小原勝幸は右手を怪我しており箸も持てない状況で,
 弟と共に岩泉町の病院にて診断を受け,その後小原弟宅に泊まった。


■6月30日 (佐藤梢の死亡推定日時開始)
午後,小原勝幸が幼なじみである知人宅を訪問。
 小原勝幸が弟に「被害届を取り下げようとしたら久慈署に拒否された」とメール。

午後8時30分
 小原勝幸が久慈署に被害届を取り下げたいと連絡するが,久慈署が拒否。
 小原の父も同様に願いでるが拒否。
 その後弟宅に泊まった。


■7月1日

午前9時ころ  
  小原勝幸が,知人宅を訪問。
午後4時30分  
  田野畑村から片道2時間離れた山中の沢で,佐藤梢の遺体発見。
午後5時ころ
  小原勝幸が,買物のため知人宅から外出。
午後7時25分
  小原勝幸が,弟に「人生やり直せるかな?」とメール。
午後7時30分ころ
  小原勝幸が知人宅に戻るが,様子が一変しており,取り乱した様子であった。
午後9時ころ
  田野畑村近くの県道で小原勝幸が飲酒事故(物損)し,
  事故の発見者に実家まで送り届けられる。


■7月2日

 岩手県警宮古署が被害者の身元を確認する際,佐藤梢宅に電話。

 小原勝幸は,親戚の運転により行先を変更しながら,
 鵜の巣断崖へ向かう道に到着した。
 (国道から鵜の巣断崖までは2.5km)

午前9時30分ころ
 小原勝幸が,弟に自殺をほのめかすメールをし,知人「X」にも同様の電話。
 知人「X」はそれを受け,鵜の巣断崖に向かうが,
 小原勝幸が電話をする姿が見えたので,自殺の心配がないと判断し帰宅。
(小原勝幸の最後の消息)
 電話の相手は,聞こえる音声から刑事だったとされる。

 小原勝幸は,佐藤梢にも自殺をほのめかすメールをした。

 佐藤梢は刑事に電話し,自殺をしそうである旨伝えたが,
 警察が鵜の巣断崖に様子を見に来た痕跡はない。

午後5時ころ
 被害者の身元が佐藤梢であることを確認。


■7月3日
 清掃作業中の町役場職員が,小原勝幸の
 サンダルやサイフ,自動車運転免許証を発見。
 遺体が発見されなかったことから,
 宮古署は,小原勝幸が自殺を偽装し逃亡したと判断。


■7月29日
 事件直後に自損事故を起こして放置された
 小原勝幸の車の中から見つかった血痕や
 遺留品の鑑定などから、警察は犯人と断定。

 公的懸賞金100万円を懸け小原勝幸を全国指名手配。


2009年(平成21年)
■6月19日
 小原勝幸の父親が,日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。


2010年(平成22年)
■6月30日
 小原勝幸の父親が,指名手配の差し止めなどを求める裁判を盛岡地裁に起こした。


■11月1日
 公的懸賞金が300万円に増額された。

■11月2日
 この事件について追っていたジャーナリスト
 黒木昭雄氏(元警視庁巡査部長)が自動車内で死んでいるのが発見された。
 車内からは練炭が見つかっている。
 前日に打ち合わせをしに出かけたままであった。


小原勝幸(おばら かつゆき)
生年月日:1979年11月16日
本籍:岩手県
身長:170cm前後
特徴:中肉








■暴力団関係者による殺人事件とする説
 佐藤梢を殺害した犯人は,小原勝幸ではなく,
 まずは見せしめとして佐藤梢を殺害し,
 さらに仕事を逃げ出した小原勝幸本人を殺害したとする説。

■小原勝幸の弟によるインタビュー
 http://www.youtube.com/watch?v=rTzP9Obk-GA

■NAVERまとめ
 http://matome.naver.jp/odai/2133125688726612401

■公訴時効
 なし(2010年4月刑事訴訟法の改正により公訴時効撤廃)

捜査本部 岩手県 宮古警察署 0193−64−0110
      (フリーダイヤル:0120−243−852)
     メールアドレス police@pref.iwate.jp

2008年5月17日土曜日

琵琶湖バラバラ殺人事件

琵琶湖でバラバラ死体が発見されたが、
被害者の身元、犯人が明らかとなっていない殺人・死体遺棄事件。



2008年(平成20年)5月17日、
琵琶湖湖岸緑地(岡山園地)で釣り人が、漂流している人の足を発見。
滋賀県警に通報したことから発覚。


同日、捜査員が足の一部を発見。
5月20日、琵琶湖で頭部を発見。
6月22日、6月23日、琵琶湖岸で両手首を発見。

すべての部位はDNA型が一致したが、身元は判明していない。


発見時、死後1〜3週間経過していたものとみられている。


2009年(平成21年)2月27日、
警視庁は捜査特別報奨金制度対象事件に指定。
上限300万円。



■捜査本部
 滋賀県警近江八幡警察署

2008年1月5日土曜日

岡山地底湖大学生行方不明事件

■行方不明
名倉祐樹さん(当時21歳)
高知大学3年 学術探検部所属

■概要
2008年(平成20年)1月5日午後6時15分ごろ,
「日咩坂(ひめさか)鍾乳穴 (かなちあな)」
(岡山県新見市豊永赤馬の洞穴,奥行:約1600メートル)の
奥にある地底湖(深さ約32メー トル)で遊泳していた
高知大学3年生の男子学生(21)が行方不明になった,と
一緒に洞穴を訪れていた仲間から110番通報があった。

同日,県警機動隊,新見署員ら約30人が捜索を開始し,
1月10日まで捜索は続けられたが,学生は見つかっていない。

学生は高知大学の洞窟探検サークルで,
メンバーは学生や社会人など近県から集まった計13人。
 
不明の男子学生は,計5人で午前11時半ごろから洞穴に入り,
午後2時半ごろ、,着衣のまま遊泳している最中,行方がわからなくなったという。

洞穴は県の天然記念物に指定されており,
洞穴に入るには新見市教育委員会への届出が必要だったが,
学生らは届け出ていなかったという。

また,洞窟は日咩坂鐘乳穴神社の御神体になっていた。


岡山県新見市の鍾乳洞・ひめさか鐘乳穴での事故
https://www.youtube.com/watch?v=km-0Wgwzwa8

■探検部のHP一部内容削除
高知大学学術探検部のHPから,部長,副部長の氏名が削除された。
同部の構成は男性15名,女性10名であった。

■mixiの内容が変更

行方不明以降,行方不明者のmixiプロフィールに変更が加えられ,
高知大学に所属していることや,
日記(探検部の活動内容が含まれていた)が削除されていた。